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新しき土

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★決定版評伝 『原節子の真実』 石井妙子著 (2016年3月28日発売


Cover Photo by Yuji Hayama/JDC

埋もれた肉声を丹念に掘り起こし、ドイツや九州に痕跡を辿って浮かび上がったのは、
若くして背負った「国民的女優」の名に激しく葛藤する姿だった。
伝説を生きた女優の真実を鮮やかに甦らせた決定版の本格評伝が刊行!!
女優原節子を語る上で、近年益々その重要性が語られる「新しき土」とその時代についても、
丹念な取材に裏打ちされた新たなエピソードが満載。
http://www.shinchosha.co.jp/book/340011/

著者の石井妙子氏は“伝説の銀座マダム”の生涯を浮き彫りにしたデビュー作『おそめ』(2006)が、新潮ドキュメント賞、講談社ノンフィクション賞、大宅壮一ノンフィクション賞の最終候補作となったノンフィクション作家。じっくりと対象に寄り添い、丹念な取材を重ねる手法が高く評価され、特に昭和を生きた女性の姿を見事に描き出す作品で知られる。
2015年に上梓された『満映とわたし』は、映画「新しき土」の編集を担当した伝説の映画編集者・岸富美子氏との共著で、戦前・戦後の激動の時代、そして日本映画史の貴重な資料として、本作と併せて読みたい一作である。

『原節子の真実』新潮社刊
四六判変型/303ページ/1,728円(定価)
ISBN : 978-4-10-340011-0
C-CODE : 0095
発売日 : 2016/03/28

★『原節子 十六歳のアルバム展』

映画「新しき土」は戦前の1936年に制作が行われた映画ですが、撮影当時十六歳だった原節子の眩い輝きは、75年の年月を超えて、映画フィルムのみならず、スチール写真や撮影時のスナップ写真にも奇跡的に鮮やかに残されていました。
『原節子 十六歳のアルバム展』では、その貴重な写真の数々をパネルでご紹介いたします。

場所:広島市男女共同参画推進センター”ゆいぽーと”3Fアトリエ
   (広島市中区大手町5−6−9、サロンシネマより徒歩1分)
日時:終了いたしました。

 

★小津安二郎、東郷青児ら、昭和を代表する映画人・画家たちが寄せ書きした、小杉勇遺愛品の屏風が見つかり、上映期間中に初公開。

小杉屏風全体
所蔵・提供:小杉隆一郎

◇映画で原節子と共演した小杉勇(故人)遺愛品の屏風が見つかり、東京都写真美術館ホールでの上映期間中に、同ホールロビーにて初公開される。
◇屏風は二曲一隻で、小杉勇と親交のあった昭和を代表する著名な映画人、画家らの手で、大小20もの絵や書がサインを添えて描かれている。
映画人は小津安二郎(映画監督)、田坂具隆(映画監督)、アーノルド・ファンク(映画「新しき土」監督)らが、また、東郷青児、鈴木信太郎、海老原喜之助と思われる画家たちが、サインを添えて絵を描いている。
◇屏風は小杉家で保管されていたもので、その存在は今まで公表されたことはなく、今回が初めての公開となる。書いた作者が判らない箇所も多いため、今回の公開によって新たな情報が寄せられ、当時の芸術家たちの交流に新たな光が当たることが期待される。

⇒ 詳細解説ページへ

一般公開
  2012年4月7日(土)〜5月6日(日) 公開終了いたしました。
  東京都写真美術館ホール(恵比寿ガーデンプレイス内)

 

★最後の看板絵師・久保板観さんが映画看板を制作
◇看板絵を「最後の看板絵師」と呼ばれる久保板観さんが制作。
◇板観さんが制作中の看板は、映画公開初日から東京都写真美術館ホールロビーで展示されるほか、ポスターの原画としても使用されています。

板観

〜最後の看板絵師 久保 板観(ばんかん)〜
1941年、東京都青梅市生まれ。16歳から映画看板絵師として活躍。今は全て廃館となったが、青梅市3映画館の映画看板を全て描いていた。
映画館の閉館が相次いだ後は普通の看板業を営むが、コンピューターの時代の到来と共に仕事は激減。
1994年、青梅市のイベントで約20年ぶりに映画看板を描いたのがきっかけとなり、町おこしとして復刻版映画看板の制作依頼を受け、市内商店街の様々な場所に展示。青梅は映画看板の街として話題になり、旧青梅街道は「青梅シネマチックロード」と称されて観光名所となった。
現役で活躍する映画看板絵師は全国でも希少で、「最後の看板絵師」と呼ばれる。

 

★「新しき土・日英版」特別上映  (114分) 協力:東京国立近代美術館フィルムセンターNFC

□上映日時:4月27日(金) 10:20/12:45/15:10
「日英版」上映は終了いたしました。沢山の皆様のご来場ありがとうございました。

日本初の国際合作映画「新しき土」は、山岳映画の監督として知られたアーノルド・ファンクをドイツから招き、伊丹万作を共同監督として製作されましたが、結果として、同一の脚本を基にしながら、同タイトルで《ドイツ版》と《日英版》の2本の異なるフィルムが完成することとなり、1937年2月、日本国内では連続して公開されました。
その経緯については、ファンクが共同監督として指名した伊丹万作と共同で脚本を書きあげた際、両監督の間に埋められない意見の対立が生じた事が大きな要因になったと伝えられています。
公開後は次第に《ドイツ版》がスタンダードな作品と目されるようになり、《日英版》は上映機会に恵まれず、映画史の中でも特異な作品として、その存在のみが映画ファンに語られる幻の作品となりました。
今回の再公開でもドイツ版を使用していますが、4月27日に1日だけ《日英版》を特別上映いたします。

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《ドイツ版》はファンク監督が、《日英版》は伊丹監督がそれぞれ責任監督・編集にあたったとされていますが(編集作業はJ.O.スタヂオ内の別々の部屋に伊丹監督とファンク監督が分かれて陣取り、並行して行われた。)、外国語を使用する部分がそれぞれドイツ語、英語であるというだけでなく、ほとんどのシーンが別テイクであり、編集は勿論のこと、クライマックスの場面も大きく違うなど、独立した2本の映画と言えます。
サウンド・トラックについても、《ドイツ版》では、山田耕筰が「新しき土」のために書き下ろした音楽を自らの指揮で新交響楽団(NHK交響楽団の前身)が演奏した音源が使われているのに対し、《日英版》の方は、山田の作品を青木正がアダプトし、伊藤昇が中央交響楽団(東京フィルハーモニー交響楽団の前身)を指揮して録音したものが使われており、それぞれ異なった効果を映画にもたらしています。
二つの作品の通称については、1937年の公開当時からいくつかの呼称が混交して使われたまま現在に至っており、《ドイツ版》は《ファンク版》あるいは《日独版》。《日英版》は《伊丹版》もしくは《国際版》とも呼ばれます。
現存するフィルムには《ドイツ版》では“Die Tochter des Samurai”(武士の娘)、
《日英版》では“The new earth”(新しき土)というタイトルバックが冒頭に挿入されています。

 


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